デス・オーバチュア
第125話「スカーレット・メディスン」





一番最後に作られた人形は奉仕(メイド)型の紫苑(ファーシュ)である。
だが、彼女はオマケだ。
余った部品で作られた、サポート、フォロー用の人形に過ぎない。
本当の意味で最後の……今までの機体の開発で得たデータを全て盛り込んで作られた最新鋭の機体は紺碧(アズライン)と深紅(スカーレット)の姉妹機だ。
全ての守護人形の原型、実験機(プロトタイプ)である琥珀(アンベル)に試作的に組み込まれた潜水能力と飛行能力をそれぞれ特化させた専用型。
特にスカーレットは、銃士型のバーデュアすら遙かに凌駕する圧倒的な『火力』を持つ重装型でもあった。
その戦闘力は間違いなく七姉妹機最強である……。



「次はあなたが遊んでくれるの〜?」
「……ええ、大人の『火遊び』を教えてあげるの」
再び宙に飛翔したスカーレットの背後に、後光のように深紅の蝶のような巨大過ぎる羽が拡がった。
そして羽に無数に存在する丸い模様から一斉に業火が放射される。
その様は、以前、シルヴァーナが自らの周囲に無数の砲台(魔力を撃ちだす空間の穴)を展開させたのに酷使していた。
「確かに、スカーレットちゃんは姉妹一の火力を持つ……バーデュアちゃんが銃なら、あの子は大砲、桁が違います……でも……」
高出力で撃ちだされる業火の豪雨がアッと言う間に爆発と爆炎の中に皇鱗の姿を呑み込んでしまう。
「えいっ!」
可愛らしい掛け声と共に発生した青い閃光爆発が内側から爆炎を、降り注ぐ業火を全て弾き飛ばした。
「凄い火力だね。でも、わたしは燃えない女の子なんだよ、ちょっとだけ熱かったけどね」
皇鱗は元の場所に何事もなかったかのように佇んでいる。
不思議なことに、彼女の肌だけでなく、身に纏っているドレスすら焼けても焦げてもいなかった。
「……確かに丈夫なの。それなら……スカーレット・フルバースト!」
スカーレットの蝶の羽が、二倍に、三倍に……膨張するように拡がる。
そして、再び業火の豪雨は再開された。
深紅の光線のような業火、巨大な火球、全てが一斉に皇鱗だけを目がけて降り注ぐ。
光線は羽の模様を発射口に、火球は羽から零れる鱗粉のごとく、その数は無数……いや、無限に等しかった。
「相変わらずとんでもない攻撃力ですね、でも……」
先程と同じく、クレーターの中心地から青い閃光が球状に爆発するように拡がる。
クレーター全域を包み込むぐらいに拡がった青い球状の中心にいるのは当然、皇鱗だ。
「別に当たっても痛くもなんともないけど、熱いのは嫌いなの」
アンベルは瞬時にあの青い球状の正体を理解する。
あれは皇鱗が闘気を放出して生み出した単純でありながら最強の『バリア』だ。
スカーレットの撃ち続ける火線(光線のような業火)と火球は一発たりとも、あの青い膜を貫くことができない。
「核爆にさえ無傷で耐える存在に、普通の火炎や爆発が通じるわけないじゃないですか……」
「やっぱり、ここはボクとアンベルお姉ちゃんの合わせ技『水爆』で何もかも吹き飛ばそうよ」
「なんだ、アズラインちゃんまだ生きていたんですね?」
いつのまにか、アンベルのすぐ傍にアズラインが寄ってきていた。
「そういえば、お姉ちゃん、ボクの巻き添えなんて気にせず迷わず『原爆』撃ったよね……」
「何言っているんですか? 撃たなければ、あなたのせっかくのフォロー、ハイドロプレッシャーが無駄になるじゃないですか」
「いや、別に足止めじゃなくて、倒すつもりで撃ったんだけどね、ハイドロプレッシャー……キャノン(大砲)バージョン……」
「あんな水鉄砲なんかで倒せるわけないじゃないですか」
「うっ、水鉄砲……なんか凄く傷つくけど、確かにあの存在に対してはその程度かもしれないよね」
業火の豪雨は、こうして二人が話している間も休むことなく降り続けている。
「水爆ですら通じるか怪しいもんですね。ビーム(光線)やボム(爆発)の類は恐らくあれにはまったく通用しないと思いますよ」
「じゃあ、何なら聞くの?」
「打撃か、斬撃。あの存在と同じ硬度、スピードとパワーによる直接的物理攻撃です」
「それこそ不可能……ありえないよ、お姉ちゃん……」
アンベルやスカーレットの砲撃に生身で耐えれる存在と格闘戦をしろなど……馬鹿げているにも程があった。
そんなことができる存在がこの世にいるはずが……。
「流石に賢いわね。ええ、あなたの言うとおり……無敵の肉体と無尽蔵の闘気を持つあの生物を倒すには、超兵器ではなく、同じく超パワーと超エナジーによる超近距離戦闘しかないわね。だから、あれを破壊できるのは、わたしかスカーレットだけなのよ」
青い髪の医者のような白衣の女……メディアが口を挟んだ。
「あなたなら倒せる? あれを? 何の冗談ですか?」
「わたしは素直じゃないけど、あまり冗談も言わない人間よ」
メディアは腕を組んで、スカーレットと皇鱗の戦闘を眺めている。
青い閃光のバリアに深紅の豪雨が降り注ぐだけの行為が戦闘と呼べるかどうかは別の話だが。
「にしても、ちょっと遊び過ぎね……スカーレット! 遊びはもうやめにしなさい!」
メディアは遙か上空に浮遊しているスカーレットにも聞こえるように大声で叫んだ。
それに応えるかのように、ピタリと業火の豪雨が止む。
「遊び?」
アンベルが疑問の声を上げた。
あれは、スカーレットの基本にして最強の攻撃スタイルではなかったか?
少なくとも、アンベルの知るスカーレットという機体の能力はそうだったはずだ。
「……やっぱり、このままじゃ話にならなかったの」
深紅の巨大な蝶の羽が消滅する。
スカーレットは日傘を閉じた。
次の瞬間、物凄い速さでスカーレットから何かが放たれ、地上に突き刺さる。
地面に深々と突き刺さっていたのは折り畳まれた日傘だった。
「……仕方ないから……本気で殺るの」
スカーレットは一息に黒い洋服を脱ぎ捨てる。
「……ナース(看護婦)?」
スカーレットは黒一色の人形のような洋服の下にぶかぶかの深紅の看護婦の衣装を着ていた。
「……グロースヒート!」
突然、スカーレットが赤く、赤く、どこまでも赤く激しく発光する。
赤い閃光が、先程の皇鱗の青い閃光のように周囲の空間を埋め尽くすように球状に拡がっていった。
「暑っ!?」
周囲の温度が物凄い速さで上がっていく。
「アンベルお姉ちゃん、バリア、バリア! バリア張って!」
アズラインが熱さの発生源であるスカーレットが転じた熱球から隠れるかのように、アンベルの背後に抱きついてきた。
「……バリアって熱も遮断できましたっけ? それと……」
「あ、わたしは自分で張れるからいらないわよ」
アンベルの視線に気づいたメディアはそう答えると、少しアンベルとスカーレットから離れる。
アンベルはそれを確認すると、自分とアズラインを包み込むように光輝の球状のバリアを張った。
「あ、涼しくなった……いいな、バリアって便利で……」
深紅の巨大な熱源体が弾けるように消滅する。
そして、新たな姿のスカーレットが出現した。



そこに居たのは見事なまでの深紅の少女。
髪も瞳も衣服も見事なまでに深紅の十四歳ぐらいの少女だった。
「へぇ〜、変身できるんだ。面白いね」
「…………」
熱く激しく、華麗なる成長(グロース)を遂げたスカーレットはゆっくりと地上に降り立つ。
「変身というより成長なの……幼すぎず、熟しすぎず、もっとも女の子が瑞々しく光輝く十四歳前後の姿に……」
「ふ〜ん、じゃあ、さっきよりは手応えあるよね?」
皇鱗は一っ飛びでスカーレットとの間合いを詰めると、青い光を集めた右手を無造作に叩きつけてきた。
スカーレットは襲ってきた皇鱗の右手首を左手であっさりと掴まえる。
「その青い光は超高純度の圧縮闘気……それで爆砕するわけなのね……」
スカーレットは左手を引いて、皇鱗を引き寄せると、右手でぶっきらぼうに殴りつけた。
物凄い勢いで皇鱗が吹き飛んでいく。
「あなたの体は火で燃えないし、メスなんかじゃ傷つかないの……だから、この灼熱の拳で撲殺するの」
スカーレットの両拳が赤く、どこまでも赤く激しく発光しだした。
「……痛い? このわたしが痛い?」
皇鱗は殴られた頬をさすりながら、空中で体勢を立て直し、足から着地する。
皇鱗は頬に感じる痛みが信じられなかった。
「そっか、身構える暇がなかったからか……」
皇鱗達異界竜の体がこの世のどんな物質よりも硬いといっても、それは体に力を込めた時だけの話である。
無防備状態の時は、人間の肌と変わらない柔らかい肌触りである。
少なくとも人の姿を取っている時はそうだ。
「仕方ないな……防御にも闘気を回し……えっ!?」
突然、スカーレットが皇鱗の目前に出現したかと思うと、右足で皇鱗の顔をボールのように蹴り飛ばす。
さらに、吹き飛んでいく皇鱗を追い抜き、待ち構え、今度は左足で皇鱗を空高く蹴り上げた。
皇鱗は物凄い速さで空の彼方へ消えていく。
だが、そこにはやはりスカーレットが先回りして待ち構えていた。
スカーレットは全体重と重力を上乗せした跳び蹴りを皇鱗の腹部に叩き込む。
「げふっ!?」
皇鱗は隕石のように地上に落下し、地表を大爆発させた。
「う、嘘です……ありえません! スカーレットちゃんがあんなに強いわけがありません! だいたいスカーレットちゃんの強さは重装爆撃機のようなもの……あんな接近、格闘系の強さじゃありません!」
「それはあなたの知っているスカーレットよ、わたしのスカーレットとは違うわ」
目の前で起きていることが信じられないアンベルと違って、メディアは当然のことのように冷静である。
「……うう〜、今度はちゃんと『受けた』からあんまり痛くなかったけど……なんて、パワー……まるでお姉ちゃん……てっ!?」
皇鱗が立ち上がるより速く、天から急降下してきたスカーレットが赤く光り輝く灼熱の拳を皇鱗の腹部に叩き込んだ。
「ああああああああああああああああぁぁぁぁっ!」
スカーレットは奇声を上げながら、両手の拳を連続で休まずに皇鱗の腹部に叩き込み続ける。
その度に大地が震撼し、周囲の岩や土が崩壊していき、土煙が二人の姿を覆い隠した。
おそらくスカーレットが皇鱗を殴りつける音と思われる爆音と、その振動である大地の激震だけが響く。
「つっ……アズラインちゃんもっとしっかり掴まっていなさい」
アンベルはあまりに激しい大地の震撼に立っていられなくなり、アズラインに抱きつかれたまま浮遊した。
よく見るとメディアの足下も本当に僅かだが地上から離れ、浮いている。
「バリア……浮遊能力……」
アンベルは、メディアがやけに自分と似通った能力を持っていることに気づいた。
「ん? わたしは機械人形じゃないわよ。メディカルマスター、ただのお医者さんよ」
アンベルの視線に気づいたメディアは微笑を浮かべてそう答える。
「……ただの医者はバリア張ったり、空飛んだりしないですよ……」
「ふふふっ、わたしに興味を持ってくれるのは嬉しいけど、今はスカーレットとあの生物の戦いに集中しましょうよ。ん〜、微妙なのよね……」
「微妙?」
土煙の中からスカーレットが飛び出してきた。
スカーレットは深紅の閃光を放つ両手の拳を胸の前でぶつけ合わせる。
「スカーレット・ファイナルインフェルノ(深紅最終灼熱地獄)!!!」
打ち合わされた両拳から今までとは桁違いの深紅の閃光が皇鱗が埋まっているはずの地表に向かって解き放たれた。



「あの熱線を浴びて消滅しない地上の物質はない。スピリットインフルエン……一般にはオリハルコンと呼ばれる地上最硬の金属だろうと跡形もなく蒸発して消え去るはず……」
そう例えガイの黄金の鎧だろうと、スカーレットの切り札である最強の『熱閃』の前では何の役にも立たず、鎧ごとガイを肉片一つ残さず消し去っただろう。
オリハルコンの硬度も、魔法銀の魔力も、神銀鋼の破邪の力も、あの熱閃の前にはまったくの無力なのだ。
「例え、あの生物がオリハルコン以上の……地上外の物質でできていたとしても……物質である限り耐えられるわけが……」
破壊するのではなく、熱で蒸発させるのだ、硬度では防げない。
あの熱閃に耐熱できる物質などメディアの知る限り存在しなかった。
けれど、嫌な予感がする。
微妙なのだ。
スカーレットであの生物は倒せるのかはとても微妙な気がする。
「……感動した……よ……」
地中から青い閃光が飛び出してきた。
「神柱石でも、異界竜(わたし)の鱗でも、いまの熱量には耐えられない……だから……」
皇鱗の体中が青く煌めき出す。
「闘気で全身をコーティングしなければ蒸発するところだったよ……」
「……呆れた化け物なの……」
スカーレットは右手を突き出し、拳から熱線を皇鱗に向けて撃ち出した。
皇鱗は青く輝く左掌だけであっさりと熱線を受け止め、消滅させる。
「教えてあげるよ、わたし達異界竜はこの世でもっとも硬い牙と鱗だけが売りじゃないの。最強のパワー、最速のスピード、そして最大のエナジーを持つからこそ……わたし達は最強の種なの!」
皇鱗は一瞬でスカーレットの懐に潜り込むと、青い闘気……エナジーを集中させた右拳を鳩尾に叩き込んだ。
「がはっ!?」
「この歯応え……機械なんだ、あなた?」
「つっ……それが悪いの!」
スカーレットは左拳を皇鱗の顔面に向けて放つ。
だが、その拳は皇鱗に当たることなく、皇鱗の左拳で打ち落とされた。
さらに、皇鱗は左腕を引き戻す際に、左肘をスカーレットの顔面に叩き込む。
「ううん、別に何も悪くないよ!」
皇鱗は回転して、後ろ回し蹴りをスカーレットの側頭部に叩き込んだ。
スカーレットは吹き飛び、地表に激突する。
爆発する地上の土煙の中から何かが飛び出し、皇鱗の顔面に激突した。
皇鱗は数歩程、空中で後退する。
皇鱗の顔面に激突した物、それはスカーレットの『左手』だった。
左手は、土煙の中から飛び出した左手の無いスカーレットに引き寄せられていき、元通り彼女の左腕に引っ付く。
スカーレットは元に戻ったばかりの左腕で皇鱗に殴りかかった。
皇鱗は、その一撃を青く輝く右手で捌くように打ち落とす。
同時に、青く輝く左手の手刀をスカーレットの首を刎ねるように切りつけた。
「つっ!」
スカーレットはギリギリで背中を反らして、手刀の一閃をかわす。
「……上等なの!」
「遊ぼうよ、機械仕掛けの看護婦さん♪」
皇鱗とスカーレットの空中での格闘戦が始まった。









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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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